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May 16, 2005

狂気というものは。

4月26日から
自分が渦中にある時は気がつかないものだ。認識できるはずがないものね。他者の狂気は見聞したから理解できる。何を以てそう見えたかは様々であるから断言はできない。

例えば若い女がまったく素面でありながらハイヒールを片手で摘むようにヒラヒラさせながらストッキング直にまっすぐ歩いて来たらどうするか。おそらく目を合わさないようにするだろう。ではそらす事なく観察する自分は正常の範疇に入るのかな。
いや違うな。擦れ違いざま酒の匂いがまったくなかったから初めてそれと気がついただけだわ。
狂気が暗いとは限らないものね。
実は狂気は鬼だと叫んだ手前何とか落とし前を付けようと考えてました。人は思い込むとその現象が目に入るようにできているんですな。
「あんたは狂気の何たるかを知らない。憧れているだけだ。なんなら見せてあげようか。」と言われ怖れおののいた事もありました。本物はいらない。狂気を演じて面白いと感じる俳優がいますね。ビートたけしはダメ。目が笑っている。やはり緒形拳だろうと思います。
普段の顔が柔らかいほど良いのかなと思う訳です。
狂気は見せた段階で現実となるから狂気と言えない。
すると鬼の狂気は当てはまらない。慈悲深い仏こそ鬼の本質であると、だから阿修羅の顔は少女のような顔なんですなあ。
「虫も殺さぬ顔」の例えは優れた表現だと思います。
やはり映像化は難しいが変化を捉える事によって演出家はそれらしく見せる事ができたんですね。


posted 久多@麩羅画堂 : May 16, 2005 09:24 PM

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