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July 14, 2005

猫谷物語1-2-4-6

 ところどころに今では灰色になってしまった雪が固く残る駐車場を歩くと、ザクザクと音を立てながら足跡で霜柱が崩れた。多くの館の前は人族が片付けてしまい大雪の名残はどこにもなかった。
 この辺り猫丘は猫谷と異なり、新興住宅街のため高層集合住宅も多く、各々がその管理規約でペットを飼うことを禁じられていた。そのためか土地の広さの割りに猫が少ない。したがって穏やかな共生がなされていた。
 この頃になってハナは一匹で棲家からかなり遠くまで出かける事ができるようになっていた。散歩の途中ハスキー犬のハッシと道で会ったが、特に怒っている様子もなく先日の失敬な質問の非礼を詫びるとお互い立場が違うからと、かえって恐縮した様子であった。

——立場の違い?ああ、これだ。自分が考える誇りは自分だけの物だったのだ。だから異族が違っていたとしても立場が違うのだから誇りに対する考えが異なるのも当然だったのだ。——
 自我を持つ事は大切な事だ。自分の考える誇りを通す事も重要だ。だが同時に他者もハナに対して権利を行使し自己を主張する自由を持っていたのだった。だから自分では気が付かなかったが、自分の身勝手な押し付けにも似た感情をハッシに投げつけた事を恥ずかしいと感じていたのだ。先日より気になっていたもやもやが解消する思いであった。種族や立場、状況により誇りにも様々な考えや行動の仕方がある事をハナは知ったのであった。
 いつになく暖かな日であった。とある高層集合住宅の前庭の欅の木はその殆どの葉を落として冬のわずかな日差しが地面に達するのを遮ろうとはしなかった。
 この建物の管理人は名をフジヒラと言う。定年退職をして再就職でこの仕事を選んだ。妻を亡くし娘と二人で近くに住んでいた。
 昼過ぎ管理作業が一段落したフジヒラは、本社への業務連絡を終え昼食を済ませると前庭のベンチへ腰掛けた。少し離れたサツキの植え込みの隅にちょこんとハナが座っていた。何を話すでもなく空を見ていただけなのだが、フジヒラはしばらくしてからふと思い出したようにポケットから昼食時にわずかに残しておいたパンを取り出すとハナに近づいてきて与えた。餌を与える事はもちろん禁じられていたのだが、
——何、構うものか少しくらいなら。——
 と、こっそりくれたものらしい。この季節頂けるものは何でもありがたい。素直に、
「ありがとう。」
 と、言ったがむろんフジヒラにはニャッとしか聞こえない。ハナは異族の言葉を聞き取れたが、人族は猫族の言語を理解できないのだ。
 朝、ゴミ捨て場で野良猫とみるや、ホウキとチリトリで追い回す人と同一人物とはとても思えない優しさだった。何故?ニィとフジヒラの顔を見上げて聞いてみたが、仕事だからねとその人は陽だまりの中で笑っていた。一本調子で単刀直入に話しをつけ、どちらかというと根が単純なハナには、にわかに信じられない人族の不思議であった。もちろんフジヒラさんの気紛れかも知れない。だが、秩序が保たれている限り生き物は穏やかに暮らせるという事をハナは学んだのであった。
 この頃よりハナは自分が誰かに見られている気がしてならなかった。絶えず視線を感じるのであった。


posted 久多@麩羅画堂 : July 14, 2005 09:36 AM

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