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July 22, 2005

猫谷物語1-2-5-7

「何と馬鹿な、今はお前様の妻ではありませんか。お前様だけが大事。しかし生まれながらの血は……ザキも私もそしてハナもキバシリ一族、これは逃れる事の出来ない事実。山猫の誇りは自らが証を立て守らねばなりません。御掟は守らなければなりません。それに、この始末は段下のキジ殿が御掟殿に替わり片をつけてくれる事でしょう。」
「そうか、キジ殿が……。ならば何も言うまい。猫どもには私から言い聞かせよう。体に障る事を申して済まなかった。安心して休むが良い。」

 段下のキジ殿とはキクがクロに襲われた際に助けに入った茶と灰色の毛を持つ者だ。キクの前夫でハナの父ザキの弟だ。ハナにとって叔父にあたる。鋭い目を持ち豊かな知識と勇猛を誇る。八幡の階段の下に住むのでそのあだ名がついた。
 ハナは遠ざけられていたので夫婦が何を語っていたか知らなかったが、母の元からもどってきたチクワの顔からは、さきほどまでの猛々しさが消えており何やら沈んだ表情になっていた。
 集まっていた猫たちに散会するよう申し渡したチクワの態度もハナの理解を超えて不思議に思えた。
——チクワは母を裏切ったのか、先ほどまで言っていた事と違う。大人は時々に変わる。——
 その後チクワは終生キクへの劣等感に捕われるようになった。果たして自分は本当にキクの夫と成り得たのだろうかと。チクワは磊落を装ってはいたが、それだけ人一倍細やかな神経の持ち主であったと言える。
「ザキへの嫉妬か、自分への憎悪か、馬鹿な。俺ともあろう者が。」
 チクワは、キクの傷で動転してしまっただけなのだと自身に言い聞かせた。
 山猫とイエネコの誇りに対する僅かではあるが遠い隔たりで、山猫の厳とした誇りの持ち様はチクワの人族との駆け引きの中で猫足らんと欲する誇りとは違っていたのだ。こればかりは双方とも如何ともしがたいものがあった。でなければ、昔別れる事もなかったであろう。チクワの意識下には、なろうとしてもなれぬ者たちキバシリ一族への強い憧れが芽生えた。だが、やがてそれは密かに確執へと変化する。
 ハナはチクワに、母の元へ行っても良いと言われた。


posted 久多@麩羅画堂 : July 22, 2005 10:19 AM

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