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July 25, 2005

猫谷物語1-2-5-9

「ハナ、お前は親の欲目で見ても十分に高い能力を生まれながらに持っている。お前にはそれがまだ見えないのです。お前の持って生まれた青灰色の輝く瞳は我らが祖、ニアキスの英知を表わす象徴なのです。キバシリ、いやツヅミの代から滅多に生まれなかった瞳なのです。事の是非、事の表裏をよくよく見分けるためにある。良いか、母の遺言と思って良く心に留め置くのです。留まる者は流れる、流れる者は留まる。すべては二つであって二つで無く、一つであって一つでは無い。いやいや、今は分からなくともやがて解る時が来るでしょう。それまで学ぶのです。道ばたの石くれのように、ただそこに在るのも確かに意味が有るが、ただそこに在るだけではない存在も我らには必要なのです。良いですね。お前はツヅミでありキバシリなのです。そして、スベリでもあるのです。」

 幼い者には難しい話であったが、噛んで含めるようにさとす母のかつてない優しさにうなずくしかないハナであった。
 キクはそれを見届けるとチクワに顔を向け、
「チクワ殿、わずかな時間ではありましたが幸せでございました。最後にお前様ほどの方に出会えた事を感謝いたします。」
「我らに時間は問題ではなかったはず。俺もキク、お前に出会えて幸福であった。安心せよ、ハナの身は私が必ず守るから。」
 よろしくお願いいたしますと言ってキクは死出の旅の支度を始めた。
 二匹は生け垣の棲家から外へ出てキクを送る用意を整えた。猫丘のほとんどの猫たちが遠巻きにしていた。中にキジもいた。館の二階の窓にはナガミミの姿もあった。
 食物を受け付けなかったからキクの体は痩せ細り元気な頃の面影は失われていたが、目だけは澄んで以前にも増して輝いていた。
 丁寧に毛並みを整え、立ち上がった。不思議と肩の傷口に痛みを感じることはなかった。
 外に出て静かに一同を見渡し礼をすると、もうハナの方も振り返らずに去っていく。
「キクッ……。」
 ハナは思わず母の元へ駆け出そうとしたが、チクワが遮り
「ならぬ。ハナは母を追ってはならぬ。これは我らが猫族すべての御掟ぞ。死出の旅立ちを誰も止める事はできぬのだ。」
 と、抱き止められた。


posted 久多@麩羅画堂 : July 25, 2005 05:22 PM

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