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November 29, 2005

路地、水龍の跳ぶ。

昨晩の事で記憶しか届けられないのが残念だ。
打ち水の偶然だが確かに我の目を横切った。
こんな感じで濡れて光っていた。もちろん白くはない


posted 久多@麩羅画堂 : 12:34 PM | comments (0)

November 27, 2005

オリジナルカレンダー2006はじめの一歩

苦痛から逃れる最良の工夫
好きな物から始める
後は後で
明日できる事は今日しない
明後日できる事は明日しない
と言ってられるのも僅か
今年は大幅に遅れているものなあ・・・^台^


posted 久多@麩羅画堂 : 06:09 PM | comments (0)

偶然か故意か。

猫なら偶然、犬なら故意か。
ゴミ置き場にある10年前の出来事。
乾ききらないコンクリートの上の獣の足跡。


posted 久多@麩羅画堂 : 06:08 PM | comments (0)

戦略的サボリ。

挫折する人は戦略的サボリの出来ない人とプレジデント中吊りポスターに出ていた。
挫折しない人は戦略的サボリの出来る人と読んでも良いのか。
では、挫折のもう一つのカタチ。
力もないのに立ち入ってかき回した挙げ句手に負えなくなって退場し周囲に迷惑を掛けるってのはどうなのだろうか。
立ち入らないのが一番だが立ち入った以上戦略的サボリも難しいだろう。第一戦略的サボリの出来る人は成功する訳で挫折する人は戦略的サボリの存在すら分からないと言う事になるから悲劇だね。
ところで戦略的サボリとは何か?雑誌を買わなければ分からない。だれか立ち読みでもして解説して欲しいと再び他力本願である。


posted 久多@麩羅画堂 : 06:06 PM | comments (0)

写真は記憶の記録。

事務所の前にある関内ホールの壁面に掲示されたポスター二種。
隣り合わせのボックスだったので因縁を感じる。
分かる人は分かると思うけど文字に反応してしまった。
何〜だ。^台^


posted 久多@麩羅画堂 : 06:03 PM | comments (0)

肩サポーターの使い道。

肩サポーター
を眺めていてふと登場人物「弦淇」亀族の衣装。
ナウシカかと家人に言われた。フォトショップフィルターインク適用


posted 久多@麩羅画堂 : 06:02 PM | comments (0)

November 26, 2005

井上良斎窯場。

井土ケ谷から徒歩10分くらいの位置にある井上良斎窯場へ出かけた。
登り窯と永田の自然を守る会

朝早く出社して少し仕事をしてから11時井土ケ谷を目指す。
今月3日にひねった土を焼いて絵付け。
昼食は恒例となっためし屋の大阪屋で。
3時に帰社。
保険関連の打合せ。
先日亡くなったルミさんのLIMI COLIMUのアーカイブ作成。送稿のやりとりや画像などが相当量あります。


posted 久多@麩羅画堂 : 06:29 PM | comments (0)

やったぞ!ハヤブサ!!快挙だ!!!

嬉しいぞ。今日のお昼ご飯はいつもより高めで^台^

日本の技術陣に拍手。
度重なるロケット打ち上げに残念な思いがあっただけにひとしおだ。
でも・・・・

ハヤブサって2年前に打ち上げられたんだよね。
まさかと思うが2年前が、
日本の誇る技術の一つの到達点「だった」って事はないよね。

しかし!
光(新幹線じゃないよ)で17分も掛かる遠距離を管制チームによる懸命の対策で達成だそうだから、やはり大した物だ!!


posted 久多@麩羅画堂 : 06:27 PM | comments (0)

風邪がはやっているようだ。

あたしは以下の事柄を欠かさないよう心がける。
●一日2リットルのお茶(水ではなく一度は湧かしたもの)
●ビタミン錠剤規定量
●こまめな服の着脱
2002年までは12月ラストに一年の疲労が押し寄せ寝正月な事も多かったが、それ以降は上記を心がけ鼻水止まりに収めている。

ところで20代はシャツトレーナーブルゾンだけで闊歩できたのに最近はシャツシャツセーターマフラーダウンジャケットでないと寒いのが悔しい。
悔しいがいつまでも若くない。
格好だけでは生きて行けない年頃なのさ。


posted 久多@麩羅画堂 : 06:25 PM | comments (0)

さすがにすべての欲望を満たす事は困難になって来た。

やりたい事いっぱーい。
やらなければならない事いっぱーい。
当然やらなければならない事に傾注せねば追いつかない。
今年は11月19日が分岐ギリギリだったようだ。
午後のFサイトセミナー断念 移動の時間が取れない。


posted 久多@麩羅画堂 : 06:24 PM | comments (0)

えっ、もっこりー?

違うでしょ。マッコリーでしょ。いや、モッコリル。
韓国のどぶろくなのだが耳が悪かった。


posted 久多@麩羅画堂 : 06:23 PM | comments (0)

November 24, 2005

体が老人になると

筋力が衰えて
足が上がらなくなり歩幅が短くなるそうだ。
だからちょっとしたと思う段差でつまずく。
だからつまずいた時に踏み出せないから転ぶ。
大きく踏み出す癖を忘れないようにしよう。

動かなければ事故には遭わないかもしれないが、
動かなければ恋人に逢えない。
膝を上げて大きく踏み出そう。
たとえ転んでも立て直すために一歩大きく前へ進むのだから
それで良いじゃないか。

丘から磯子を望む


posted 久多@麩羅画堂 : 06:19 PM | comments (0)

解体とりさん。

いかに描くかという問題は常に抱えている。
常識的にとらえるのなら感じたままを描くと言う事に尽きるのだが、
自分がどちらかと言うと感覚より形態模写に近いので対象から外す事が難しいと感じる事がある。

形態という一点だけで見るとマイミクたろさんの苦渋や迷いが良く分かる。
ただ自分が彼と比較してだがとてもラクだなと思うのは、やはり模写なので印象で誤りがなければ宜しいと高を括る事ができる安易さだろうなあ。えへへ
ヤマセミ2004。
だんだんと自分に近くなる。そんな気がする。


posted 久多@麩羅画堂 : 04:11 PM | comments (0)

偉いぞハヤブサ!

頑張れ日本技術陣、再挑戦!


posted 久多@麩羅画堂 : 04:06 PM | comments (0)

November 22, 2005

人の繋がりを感じます。

唐突だけど人の流れを感じています。
年齢にふさわしい知人友人は多かったけど局所的であった。日常的に接する人が横浜を出る事はなかったからなあ。
ビッグバンが起きたとしたら1996年にARTさんのセミナーに出かけたのが契機かな。
それから神奈川インターパブリッシング協会へ入会。
1997年にはand/or。

KIPではARTさんのDTPを越えてデジタルに関わる多くの知人を得た。
必然とはいえインターネットに深く関わる事もなかっただろう。
またKIPの神奈川Webコンテスト’99で下働きで汗を流してイチカワさんやマジカルビーンズさんをネットで知った。
キーはFlashなんだなあ。
1999年にはジャパンフラッシュクラブJFCの立ち上げにも関与した。
イチカワさんを知らなければFlashで物語を作ろうなどとは思わなかっただろう。
2001年8月に墨女を作ったからこそ先ず逢えなかったに違いない方達とお近づきになる事が出来た。

イチカワさんの紹介がなければA.さんを知らなかっただろう。
そして2004年7月のmixi入会。
A.さんを知らなかったらMさんを知らなかったかもしれないし、
A.さんの紹介がなければYさんにも本の一読者で終わっていたかもしれない。

またkaさんを知らなかったらApple銀座のムトウさんのセミナーも知らずに行かなかったかも知れない。
noさんを知らなかったらくうさんとお逢いする事もなかっただろうな。
で、くうさんを知らなかったら19日の晩もなかっただろうと。
で、これを書く事もなかったのではないかなと。
まったく別の次元で人間関係を築いていたのかなと。

これは急に思いついたんじゃなかったんだわ。
なんであなたとこんな場所で一緒に歩いているんだろうかと考えた時に出て来た言葉が「墨女を作って良かったと思えるのは、これがなければ君と出会う事もなかったでしょ。」だった。
不思議なものだ。
人生の交差点で君が僕の肩にぶつかる事がなければ、ただの人で終わっていたんだね。
そして僕が大きく肩を揺すらせていなかったらぶつかる事もなかったんだね。
そう思ったのよ。

そして11月12日新しい繋がりへ一歩を踏み出した。

写真はKIP紹介画像1996.9.5


posted 久多@麩羅画堂 : 04:24 PM | comments (0)

右肩の友^く^

四十腰に五十肩を先日知りました。
だから正式にあたしのは五十肩。
で写真は遠赤外線サポーター。
この一週間ばかり使用している。

本当に効くかどうかは分からない。
現に今日みたいに冷え込むとやはりかなり痛む。
冷え込みだけでなくマウスの使用頻度が高くなると
負の相乗効果だわねえ。くそっ!

上の口から袖を通すように装着し反対側の脇の下でバンドの先のマジックテープを重ねて固定する。

皆さんも万一痛くなったら直ちに医師にかかりなさい。
時間が経てば治るさと根拠のない「たかをくくる」で
酷い目に遭いたくないでしょ。
あはは^ば^


posted 久多@麩羅画堂 : 04:22 PM | comments (0)

にんにくを丸のまま食べました。

19日に関西からのお客様の歓迎会を渋谷で執り行いました。
さて二次会の天国で食べた揚げたニンニク球ですが、おそらくあたしが一番食べたのではないかなと思います。
今思うと、
東横線であたしにガン飛ばした欧米系外国人のお兄さんはきっと臭かったのかなあ・・・と思います。やれやれ


posted 久多@麩羅画堂 : 04:17 PM | comments (0)

左上奥が取れた。いたい

懐も・・・^へ^
うーむ。前回取れた部分の上だが寿命かな?
寿命


posted 久多@麩羅画堂 : 04:14 PM | comments (0)

November 19, 2005

階段2題。

物事には必ず理由がある。
運命とか偶然とかはあり得ない。
ほんの少しの知恵と経験、空気を読めば
理由がある事に気がつく筈だ。

昨晩
横浜駅京浜東北線ホームから乗り換えのための
階段はいつも通り混雑していた。
だがほんの少しの空間が左側にあった
下りは左、上がりは右と決まっている。
幸運だよね。
人にぶつからず人に左右されず自分のペースで降りられる。
数段で何故空いていたのかを悟ったあたしは
三段跳びをせざるを得なかった。

今朝
関内駅は夜の間に階段の改修工事を半ばまで完成させていた。
北口下りホームの階段だ。
新しい階段は疲れる。
角が立っているうえに靴の摩擦も大きい。
よそよそしさを感じるのだ。
こっちはおちがない。


posted 久多@麩羅画堂 : 11:41 AM | comments (0)

かすれる記憶。

中途半端に覚えていると結構辛いものだ。
現在抱えている仕事でふと使いたいデータが頭に浮かんだ。
浮かんだ以上どこかにある筈だ。
だがかなり明るい記憶なのにデータの名前を忘れてしまった。
スポットライトでもダメ。
印刷した筈だから棚をひっくり返して探す。
5時から約3時間かかってしまった。
かなり悔しかった。
こういう時最高に不幸な自分になる


posted 久多@麩羅画堂 : 11:39 AM | comments (0)

幸せの尺度は人それぞれ。

あたしも自分が不幸だと思った事はない。
のんびりとした性格が災いしているのかも知れない。
無関心というかエゴイストと言うか。だね^^
不幸なの?

不幸というほどではないが、
また寒くなって右肩が痛み始めた。遠赤外線サポーター着用。

ヨドバシカメラマルチメディア横浜1日10万人か!!
目標!


posted 久多@麩羅画堂 : 11:36 AM | comments (0)

November 18, 2005

昨晩の事。

打合せの帰り道、休みなしのスケジュール確定でうなだれた折
寒い中頑張っている二人を見て勇気づけられたあたし。

電車の中で小さい音だが鳴り響くピピピピピ・・・
マナーモードにしなくちゃダメじゃないかと人ごとのようにしていた。
デッサン会で使ったタイマーを返し忘れていた。
バッグの中で何かの拍子にスイッチが入ったらしくピピピピ・・・・と


posted 久多@麩羅画堂 : 09:22 AM | comments (0)

November 16, 2005

こまんどB続き。

線の連結とデータの軽さを目指して
フラッシュ2004MX(マジでバツか?)実際には良いけど
1>イラレではライン白設定だったが勝手に分離

2>仕方がなく黒ライン外す。ちまちまと


3>分解。ぎょ塗りの設定なんかしてないぞ!

4>ラインと塗りを解除でずらす

5>試しにさらに分解すると塗りは細かい棒状の連続。   
もはや、ふ〜ん。

6>まあイラレに呼び戻してライン05p
  これはこれで面白い。
昼食タイム・・・つぶれた


posted 久多@麩羅画堂 : 02:45 PM | comments (0)

November 15, 2005

こまんどB。

イラレCS(11.0.0)で文字>アウトライン化塗りなし線白>効果>3D>回転体>アイソ>表面ワイヤーフレーム>アピアランスを分割>線を着色。最後のアピアランス分割を知らなかったため書き出し>イラレVer8で再度読み込みをしていた。それでバラバラにしたものがこの写真。もの凄い量のダブりがあるね。


posted 久多@麩羅画堂 : 04:29 PM | comments (0)

November 14, 2005

男は大臀筋。

土曜日はデッサン会でした。


posted 久多@麩羅画堂 : 02:38 PM | comments (0)

November 13, 2005

追悼。

LUMIさんは久多ネットで2000年7月からルミコラムを書いて、2001年10月からは発病した悪性褐色細胞腫に負けないように闘病記を書き始め今年の2月からはブログに移って独立しできること精一杯を書いていた人だった。

本当にもう頑張らなくてよいのだよと言おうと思うと涙なんか出てしまってだらしないったらありゃしない。
ご冥福を心よりお祈りします。
写真は久多ネットでは最後の投稿になった2003年7月14日の漫画です。
本当に心優しい方だった。 
私が以前勤務していた会社の横浜支店の制作室にいらしたがんばり屋さんでした。 
支店が閉鎖される前は時々訪問しておりました。 
冗談を言う元気な頃の彼女しか実は私は知りません。
彼女は自分の病を抱えながら、このような事を言っていました。
「ブローチ作りを急がないと、でも小さな楽しみでも先にあったら命を引き延ばせるかしら。群馬は近くはないし、しばらくは行く必要はないけれどおばあさんのお見舞いに行かなくては。心の中で何かが私をせかします。病気と闘うにはあまりに時間がないことを彼女も気づいているかもしれません。私は彼女に年老いた私を見てしまうのです。だからせめてもう一度、春の外の風を肌に感じさせてあげたい。」

言葉が深くより透明になって行くのが分かります。


posted 久多@麩羅画堂 : 02:24 PM | comments (0)

言葉の深さ。LUMIさんへ

ふと思うのさ。
関係が深くなるほど言葉は短くなるのかなって。
短くなって深くなるのかなとね。
だけど
もしかしたら関係を疎かにしているんじゃないのかなとね。
夫婦が空気のようになって透明になって言葉が短くなるが
それって言葉が小さくなるという事じゃないのかなって
そう思うのだよ。

何故そのような事を急に言い出すのかと言うと、知人のLUMIさんの告別式へ出かけた。

葬儀はもう何度も経験しているが同い年や若い人の場合はより痛ましい。
僕は今日複雑な思いで臨んだ。

詳しくは書けないが、
誰が死期の近づいた事を悟り悲惨な治療に苦しみながらも、
看病するご主人の健康を気遣いブログに

「誰か主人の心を慰める楽しい話題を書いてください。」

と書けるのだろうか。
ネットでの公開を薦め当初場の提供もした僕だが
10日に訃報を聞くまでこの一月ほどブログを訪問しなかった
容態の急変に気がつかなかった

「私、ホスピスに入る予約を致しました。」

僕はこの最後の行が頭にこびりつきこの三日間たまらなかった。
だから今日
彼女に謝りました。

LUMIさんとのやりとりを整理しようと
整理しないと生き辛くなるからだが
彼女から届く言葉の数が膨大なのだ。
最初は久多ネット投稿の日常の些末な事柄や冗談から始まって
まるで他人事のような書き方で
だけど発病の告白から
生き抜く実感を言葉に替えよう。生きている間に多くの事を伝えよう。
だんだんに言葉の量は相変わらず多いけど透明になっていく。
私はと言えば
日常の些末な事項の多さに辟易しつつ無難に過ごす生き方を続けており
彼女の言葉に返すのも遅れがちになり
なんかずいぶん昔に届いていたメールに
返事をしたためるのは
アナログ的で郵便配達員が自転車をこいで
ポストインする感覚があって素敵です。
と訳の分らん事を書きました。
こんなバカな返事をするようになっていた。
28行に3行
やがて言葉は途切れがちになり
「私、ホスピスに入る予約を致しました。」
そして第三者には伺い知る事のない世界の言葉になって耳に届かなくなった。
いや自分を責めているとかそのような問題ではなく
言葉って何だろう
そう思ったのだ。
投げやりでも何でも言葉を発する時は必ず対象があるわけで
自分は消えても相手に残ればそれはそれで良いのではないかと
そう思ったのだ。
言葉の量は語彙の量に比例するのが望ましい
しかし作家でもない身に言葉を操る意義は見いだせないだろう。
思ったままの言葉、柔らかい言葉、多くを聞いたからこそ
その人が立体的に見えて来る場合もあるんじゃないか。
そしてカタチを失ったとしても
言葉がカタチとして心に残るんじゃないか。
そう思ったのだ。
記憶にある声が多くの言葉を組み立てる。


posted 久多@麩羅画堂 : 02:19 PM | comments (0)

November 12, 2005

少し黄昏れています。

マンホール。
コンクリートで出来ている近所のマンホールを撮影してみた。
何となく悲しかったから。
お前も朽ちて行くんだね、なんとかね。
明日告別式にでかけます。
いつも会場までが辛いです。
もっと辛いのは会場を後にした時です。

撮影している時にゴミを出しに来た方に何を撮影しているのか問いかけられた。交わされた会話はたわいもないものだが、その時この街はまだ安心できる。そう感じた。
他人への関心。これがある限り犯罪は押さえ込む事が可能だ。もちろん平和に見える田舎や郊外でも犯罪は起きる。しかし関心や好奇心は確率を低くする。


posted 久多@麩羅画堂 : 11:08 AM | comments (0)

November 10, 2005

良い天気。

最近では仕事もメリハリがついて思い煩う事はないのですが、
それ以外ではかなり煩悩・・・
きれいな光景より、よりグロテスク、よりわいせつに。
ただ写真を撮っただけですがこれからどんな変異を遂げるのか、それともどうしようもないつまらないものができるのか・・・
いろいろやらなければならない事が目白押しで・・・
楽しいけど苦痛。
で、ふと思ったのだけれども
やはり真面目(いや今までが不真面目というわけではなく)に撮影しようと考える時は被写体に撮られたいという願望があるんだな。
で、ふと思ったのだけれども
撮ってくれるのならもう少しまともな写真機を使って欲しいと言っているようなんだな、どうも。
で、ふと思ったのだけれども
安く済ませると安い写真しか撮れないのかな。
ちょっと前までそれは技量とか被写体とか理念とかで機材は超えられるものだと思っていたのだが。

で、ふと思ったのだけれども
もっと近づきたい、もっと食い込みたい、もっと触れたいと感じるようになると。
恋愛のように沼に落ちるのかな。
それともあたしはカメラマンでもないしカオス醸成のための単なるインスピレーションのメモなのだから現状これで良いのかな。^^
で、ふと思ったのだけれども(すみません、思いつき)
硬い文章だと読むのに疲れるが、実は柔らかい文章でも何の脈絡もなく唐突に繰り出される言葉はやはり疲れるものだ。と思った。


posted 久多@麩羅画堂 : 04:08 PM | comments (0)

November 09, 2005

楢喜八 俳句誌「炎環」表紙画展

日時11月22日(火)〜12月4日(日)
   11:00〜21:00月曜日定休
会場 カフェギャラリー(レノロココ)
   Reno LoCoCo
   東京都葛飾区立石3-29-5 平井ビル1F
電話 03-5698-6439
MAP


posted 久多@麩羅画堂 : 04:25 PM | comments (0)

村岡由梨のclaywork

祈り、そして愛すること
日時 11月8日(火)〜14日(月)
   10:00〜18:30 土日11:00〜17:00
   14日17:00まで
会場 石川画廊
   東京都中央区銀座7丁目108番地先
電話 03-3571-6571
MAP


posted 久多@麩羅画堂 : 04:18 PM | comments (0)

村岡修至の柿釉の器と由梨のたのしい器展

神無月・草木の葉のアカクなる〜
日時 10月26日(水)〜11月1日(火)
会場 横浜高島屋7階 クリエイティブ工房


posted 久多@麩羅画堂 : 04:14 PM | comments (0)

村岡修至の柿釉の器展

ふたものをテーマに作りました。
日時 10月12日(水)〜18日(火)
   10:00〜18:30 土日11:00〜17:00
   18日17:00まで
会場 石川画廊
   東京都中央区銀座7丁目108番地先
電話 03-3571-6571
MAP


posted 久多@麩羅画堂 : 04:07 PM | comments (0)

風に吹かれる喜び。

温い風 厳しい風 激しい風 暖かい風 南風 東風 順風 逆風
どんな風でも生きているから味わえる
風は決して一方向から吹くわけではない
すべての風を味わえる
そんなゆとりをこころにおきたい


風の向こうに締切というお約束が
ぽこぽこと
ぼんやりだが確実に姿を現して迫って来る。


posted 久多@麩羅画堂 : 03:57 PM | comments (0)

美味しかった〜♪

「長崎物語」
菓舗唐草
歌が出ますよ^^


posted 久多@麩羅画堂 : 03:51 PM | comments (0)

性格悪ーい・・・。

性格判断
こちら
はっきり言って最悪の結果ですな。最近疲れるわけだなあ。

対人関係
 他人に対して、余り厳しい注文を出さない替りに、周囲の人々に対しても神経質に気を使う事も止めた方が、気楽に世渡り出来る筈ですし、その方が却って自己実現を計れる可能性が高まるでしょう。あまり気負った生き方をしない方が、良い結果を生み易い筈です。


posted 久多@麩羅画堂 : 03:49 PM | comments (0)

November 08, 2005

ロッテ・ライニガーの世界。

魅惑の影絵アニメーション。
異聞に鏡のニュアンスを投じ最近ずうううっと頭の中を駆け巡っている強いコントラスト。
昨日偶然に江戸東京たてもの園のパンフレットコーナーで見た。

行かなくてはならない。
ロッテ・ライニガーの世界

11月12日〜12月16日
東京都写真美術館ホール(恵比寿ガーデンプレイス)
1500円
全プログラム85分
定員入替制
問い合わせ 配給 エデン 03-5738-5704


posted 久多@麩羅画堂 : 10:14 AM | comments (0)

November 07, 2005

雨の武蔵野もまた。

保土ヶ谷駅8時32分発湘南新宿ラインで新宿まで。
便利になったもんです。
中央線に乗り換えて、武蔵小金井駅。北口3番乗り場から西武バスで小金井公園西口(170円)到着。
紅葉には早かったがしっとりとした小金井公園のなかを歩いて9時45分に江戸東京たてもの園へ。

江戸東京博物館の分館で現地保存が不可能な建物を移築復元して展示している。
時代的には江戸後期から明治大正昭和初期だろうか。
三年前は西山の手通りの建築と東ゾーンの商家、近代をメインに歩いて時間が足りなくなったので西ゾーン茅葺き民家から歩き始めた。

その前に三井家。むかしむかし六本木に13600坪、門から200メートルとか待合所だけで70坪だったとか。震災戦災没収で1200坪、さらに500坪の哀れさ。時代とは惨い物でございます^^。
綱島家(農家)は江戸時代中期で園内最古の建物なり。
吉野家(農家、よしのやじゃありません。)園内二番目の移築建物。ここのいろり端でボランティア氏からお話を伺う。丁度日曜日でいろりに火が入る。実演という事もあるが燻煙による防虫効果だ。茅葺きだからね。け、煙い、目が痛い。

伺った事。
茅葺きは坪7万円掛かる。吉野家で3000束必要で1000万円掛かる。財政的に完全な葺き替えは困難だ。
一般的には葺き替えのための茅は良材で値も張るため大抵は麦わらを使う。あんこの部分は大抵そうだ。
中央線は明治22年に開通したが小金井は大正15年で後発。
この辺りが開けたのは玉川上水後でそれまでは北西から吹く風で砂埃のひどい地であった。
だから古い建物は多くが東に開口部があって背に雑木を背負う形に配置された。
大岡越前が寺社奉行であった頃武蔵野新田の開発が行われた(?)。
この辺りは尾張、紀州、水戸の内尾張藩の鷹狩りの場であった。古くは狩りの前の調査で訪れる鳥見役が宿泊したのではないか(?)。
吉野家は八王子、青梅から移って来た人だろう。土間が広く人足の寄せ場も兼ねていたのではないか(?)。
府中は欅並木で有名、杉並は杉並木から出た地名だが、これらは材木用の植林だった。大木は信州なり山間部から調達したがそれほどでもない樹木はこの辺りから調達した。
小金井公園は広域避難場だ。
弥生時代に米作があったか不明だ。
八王子千人同心は日光東照宮の火改めでペリー来航の折は浦賀守護へ赴いた。俸給は30俵一人扶持。とても食べて行けない(?)。
※(?)は聞き取り不完全なりよ。

高橋是清邸で昼食。普段なら必ずビールというのに寒いので暖かい麺類。讃岐うどん550円、かきあげ蕎麦650円、おでんも追加。でもねえ2.26事件の是清翁が殺された部屋はこの真上なのさ。血気だけの青年将校に拳銃で撃たれて虫の息をさらに刀で刺されて。

資料館では特別展「東京前史、旧武蔵野郷土館(江戸東京たてもの館の前身)の考古資料」を観る。墓に使った大きな壷、先史時代の丸木舟、縄文時代の直径10センチほどの土製耳飾り(耳に穴をあけてぶら下げる。今も昔も変わりなし^^)、茨城県稲敷郡の広畑貝塚から掘り出されて運ばれて来た縄文人の全身人骨は背骨が変形し山あり谷ありの人生だっただろうと書かれていたりして「放っておいてくれ」と言っているようでもありまたは「よくぞ光を当ててくれた」と言っているようでもあった。

出口からホールに向かうと自家用車やバス、トラックなど古い時代のものばかり数十点もの細密画がずらっと並ぶ。作者の栗原大輔氏本人もいらしてしばらくお話を伺った。
栗原大輔細密画美術館

明治大正商家の並ぶ東ゾーンから雨がぽつぽつと降り始める。この辺りの建物は民家と違って中に入れず表の化粧だけなのだ。したがって雨が降ると見上げる事が結構煩わしい作業となる。
広場では子供達が羽根つきをしていた。
宮崎アニメの背景の参考にもなった町並みですね。
ボンネットバスも走っていました。これは園内を回るもので2時30分から4時まで30分間隔で運行するというもの。楽しいかも知れない。
たべもの処「蔵」がある。日替わり弁当もあるそうで「そちらにすれば良かったね。」とは家人の言葉。同意。

前川國男邸は好きな住宅だ。もちろん古い民家も好きだが今生きている時代に沿う形というものがあり、農家等は縁側や続き間などにやはりノスタルジーかそれに近いものを感じるが、比較して個人住宅は自分の暮らし方(願望も含め)にフィットする感覚が十分にある。
必要な部分を拡大し相対的に不必要な部分を縮小させる。
デザインとはそうあるべきで、建築家の優れたデザインは偶然に出会ったに過ぎぬ旅人さえ寛がせる事ができるのだ。
まあたまたまプランが気に入っただけなのかも知れないのだがエントランスから玄関への贅沢なアプローチ。大きく開放的な書斎の窓。サロンに繋がる重厚なドアの蝶番に当たる回転部分を3対1に中心点をずらした手法。寝室のシンプルな作り付けの引き出し。
ただ、観るだけでそこで暮らせないのが悔しい。

雨が強く降って来た。
傘をさしゆっくりと園の階段を降りまだまだ紅葉にほど遠い武蔵野を後にする。

JR中央線ってまだスチールなのだねえ、アルミ車体ではなかったのでちょっとビックリ!


posted 久多@麩羅画堂 : 07:40 PM | comments (0)

November 05, 2005

ほろうあや。

思い出したので書いておく。
JRを問わず旅客鉄道各社では日本語と英語で車内アナウンスがある。
それで気になった日本の固有名詞である駅名。

外人が何と発音しても構わないさ。
そうとしか言えないし、かなり達者な方でも少しはおかしい。
日本人通しでも方言があるんだから仕方ありません。

だけど英語アナウンスだからといって駅名まで
保土ヶ谷をほろうあやなどと発音して良いのか。
日本人の発音を使うべきだと思います。
きちんと「ほどがや」とさ。

東急電鉄ではきちんと駅名だけは日本語で発音している。

JRはおかしいと思う。


posted 久多@麩羅画堂 : 07:09 PM | comments (0)

ポストスクリプトエラー。

system admimistrator
2005/11/05 13:53:19
%%[Error:undefined;OffendingCommand:get]%%
...
%%[Error:undefined;OffendingCommand:get]%%
%%[Flushing:rest of job (to end-of-file) will be ignored]%%

ジョブ名
ファイル名 BASE.indd
用紙サイズ A4L
ページ数 1
ファイルタイプ PostScript
受信日時 2005年11月5日 13:38:30
ファイルサイズ 3.4 MB
アプリケーション Adobe InDesign: pictwpstops filter 1.0
ステータス PostScriptエラーです(107)

3時間も格闘してますが原因は分かってるんです。支給されたイラストレーターデータに問題があるんです。
もう何年ぶりかのポストスクリプトエラーだが何年経っても嫌な物は嫌だなあ。
しかしアドビのアプリはつくづく面白いと思うわ。
今回の件だとインデザインにイラレの.epsを貼るとエラー。
イラレの.epsをフォトショで開こうとすると要求された操作を完了できません。解析モジュールでファイルを解析できません。などとぬかすが、イラレから直接書き出しで.psdを選ぶと素直に展開する。 やればできるじゃん!
エラーが起きる時は一個一個外して様子を見る。フライトチェックもあるが原因までは特定できない。
駄目な物は駄目って事だから。

お前、若いうちだけだよ、そんなんで人をおちょくれるのは^^。
たいがいにおし。


posted 久多@麩羅画堂 : 07:03 PM | comments (0)

デジカメ充電池。

不便で仕方がないのがコンパクトデジカメの電池規格の変更が早過ぎる事。
ニッケル水素1600なんてもう売っていないし、この充電器で2000をチャージしたら同じ単3なのだが規格が違うせいか異常発熱で火傷しそうなくらい熱い。落としちゃった^^;

セットだと馬鹿馬鹿しい値段だし、汎用性のある電池とチャージャーが欲しいですわ。
事務所の時計はもう20年間、乾電池を変えるだけでずっと時を刻んでいるけどなあ。


posted 久多@麩羅画堂 : 07:02 PM | comments (0)

November 04, 2005

ソフトでハードな日々だった。

セミナーなり催しなりに平日出席は結構ハード。
しかも祝日があったからなあ。
で2日は夕方からのヨコハマ・クリエイティブNight。

高城氏のトークライブ拝聴。
「えーそれじゃ食べて行けなくなっちゃう。」
椅子にへたり込んだ質疑応答の彼女のお尻が可愛いね。
術中にはまっている。良く聞けば否定ではなく大きく見据えてかかる事の重要性を説いているのだけど。
M氏にあった。H氏を紹介して頂いた。ジョイントワークスのH氏を紹介して頂いた。Ma氏行き違い。Me氏行き違い。
途中で再度の打合せに呼び出され第二部はチケットが泣いていた。30分もオーバーでもう誰もいないんじゃないかと。良くあるのよね。何とか急いで戻ると真っ暗な会場なんかで、生憎ケイタイも電池キレて、家人には遅くなるから夕食不要言い渡してるし、とぼとぼ帰るなんて事も・・・いやーそれに比べれば今晩はラッキー!みたいな感じだった。彼女達も残ってくれていたしさ。うんうん
で台湾料理、馬車道五味香終電(紹興酒ボトル5年モノ、3年モノ2本消えた。あたしはその時一番を飲みます。とりあえずビールというのはちょっと苦手。だって一番美味しいのを飲んでおかないと二杯目からは舌が酔ってしまうもん、勿体ない)
3日は朝早く出て先日の打合せから素材の収拾、アイデアの展開。そうこうするうちに12時46分関内駅の時刻だわ。もう出かけなくてはと追いかけられる。京浜急行井土ケ谷駅集合。
登り窯と永田の自然を守る会
横浜に現存する実際に商用使用された唯一の登り窯。
もう何度も出かけて幾つか作ったのだけど一番最初の実用から全然離れた「ウニ女」が懐かしく、お題も「犬」だったので「阿吽」。5時過ぎまでお茶して再び今度は芋焼酎ボトル2本消して事務所・・・
4日現在眠い。


posted 久多@麩羅画堂 : 07:17 PM | comments (0)

November 02, 2005

2005.10.15 pm05:00 食う為に人が成して来た仕事。

そう考えるのならば食う為に芸術や表現を職業にする事も当然である。
だとしても表現に100均を持ち込んだ理由が分からない。
聞けば分かるかもしれないが聞いて分かる事がアートだとするとそれはアートの持つ欺瞞だろう。

心で理解できなければそれは相手にとって何の意味を成さない事は自明の理だろう。
無論私がそれを論じるべき能力に致命的な欠陥を持っているのは今まで書き連ねて来た事からそれは伺えるだろう。
それでもやはり割り引いて考えても4Aの壁画で考え込んでしまった。
翼を持たぬ者からの伝言で書いた事はここでの印象が大きい。
ぜひ確かめて頂きたい。恐いのは理解出来ない事ではなく、理解したつもりにあるのだ。
だから悩むのだ。

しかしそれは偏った見方であって、もう少し広く見てみたい。
4Aでは中央に大きなゲームがある。
もっともこれも作品でKOSUGE 1-16+アトリエ・ワン+ヨココムによる巨大サッカーゲーム「ハマトリスタジアム」。
それまではまったくの別人が同じチームに属してゲームを楽しむ。日常でありながら非日常、例えばまあ通勤電車に乗って毎日過ごしていたとします。ある日改札を抜けて胸ポケットにしまったつもりのスイカを「落ちましたよ。」と見ず知らずのご婦人から差し出された朝。突然の事でお礼を言わなければならないのについ落としてしまった自分の落度に驚き失礼な態度を取ってしまった後悔のようなそんな感じ。
消えないはにかみ、そんな感じ。

実は連日作品が同時進行で会期中増殖するワークインプログレスが今回の横浜トリエンナーレの特徴とされている。
詳しくはこちら
前述の堀尾氏と同様に「毎日森」と称する安部氏の作品がある。多くの子供たちが楽しそうに森の幹や物干でできた枝にぶら下がったぬいぐるみで遊んでいる。これがアートかと問う前にこれこそアートなんだろうとその子供たちの笑顔を眺めていた。
黒田氏の似顔絵コーナーには毎日描き続けられて来た対話の似顔絵が並ぶ。他社と関わるきっかけづくりで始めた「ひとつひとつの出会い、一人一人の人生、この世界に対して全く無力であるとは思いたくはないのです。」
これは決して特殊な事じゃない。でも書いたのだが表現者は必ず対象である人間を求める。もちろん自画像といった確立した分野表現もあり否定はしないが求めぬ存在などあり得ないのだ。それすらも自分といった自分以外を求めているのに他ならないからである。
「FMヨコトリ」。さりげなく置かれていた放送局。会場内で受信出来るのだが残念ながらここに至るまで気が付かなかったので聞く事は出来なかった。
ショップでは様々な作品を商品化したものなどが販売されていた。コーンを購入。
バスで埠頭の入口まで戻る事にした。

敢えて自己否定を完結させる為に長々と書き連ねて来た訳だがこれも一種のポピュラリズムであって、言い換えればデザインとは会話による理解、無理解で成立する。その立場が今回の横浜トリエンナーレで感じた事を書くのはいささか無鉄砲でもあっただろう。アートとは感覚の一致や不一致で成立する物なのだろう。だから言葉を介して伝えるにはアートは難しすぎる。だがどうしても解せない事も見受けられた。前回2001年の横浜トリエンナーレでショー的アートのバッタ、タコなど大いなる関心を寄せて来場いただくための努力があっただろうか。もとより川俣氏がローカライズを果たすため横浜の持つバイタリティに依存したのは理解出来る。それでもアートをサーカスと言うのならば見せ物としての舞台に工夫がもう少し必要だったのではないかと思うのだがどうだろうか。
詳しくはこちら
長くなった。眠くなったのでここで打つ事を止める。


posted 久多@麩羅画堂 : 10:42 AM | comments (0)

November 01, 2005

2005.10.15 pm04:00 これは決して特殊な事じゃない。

4Aの壁面を見上げる。
どうひいき目に見たってこれは悪戯書きだ。プロの仕事じゃないよ。そんな声がする。
もちろん聞こえた声ではなく私自身の声なのだ。
作品に対してどう思うかは自由であるし言いたい人は言うし聞きたくない人は聞かない。

しかし他人を気にかける事は大切な事であり敢えて他人はどう思うか問いかけ、答えを得る事が大事なのだ。
評価は金銭に置き換えても良いかと思うし、お金になるのが仕事でならないのが趣味なのだ。
と私は教わったし今でもそう思っている。当たり前の事である。

今回の2005年横浜トリエンナーレで、アートは表現でありプロアマの区別はないと考え、ここに見えるもの、ここに感じるものの存在を日常の中に捉える「美力」の底上げを図ったかのように見える。
しかし何故私は壁画を見て悪戯書きだと不遜な考えを持つに至ったのだろうか。

作家をプロと見なかったのだろうか。表現が稚拙とでも思ったのだろうか。作家なら何を描いても表現なら許されるとの思い込みに嫌気がさしたのか。単に自分がその表現を理解できないだけであったのか。判定者にはなれなくとも少なくとも作家と向き合った際にどちらでもないといった結論は出せないだろう。
そして間違いなく物の見方は個人の力量で決まるのだ。だから好きか嫌いかのどちらかを選べと自身に問うて嫌いと感じ悪戯書きと断じた。
しかしその直後に気が付いたのは4Aの壁に描かれた気の向くままとも思える壁画は、美本来の「赴くまま」ではなかろうか。
その瞬間、自分にとってショックだったのは、自分が何を隠そう「手間」を求めるタイプの人間なのだと再認識させられた事だろう。

アートと手間はまったく無関係だろう。何故それを結び付けたのだろう。
同じ作家である堀尾氏がその前で展開する作品に面白いと思いつつ反感を覚えた企画なのだと思う。
金額が低いからこそ、だから挑発的な誘いに乗りやすいとも言えるのだ。
例えば作品が100点で入場料が1,800円だとすると作品1点は18円。アートに費やす時間が6時間だとすると1時間300円となる。会場では100均絵画もあったのだ。その本人が堀尾氏なのだ。
結局まとめきれずに眠くなって来た。次回で終わりにしたい。


posted 久多@麩羅画堂 : 09:02 AM | comments (0)

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