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September 24, 2008

まほろば080914_5

まだ観光客でごったがえしている南大門を横目に小径に入る。左に小川のあった道を戻る事になる。しかし中央の通りは鹿の糞がだいぶ踏まれているが皆さんは気にならないのか上ばかり見上げていると靴が汚れるよ。1620寧楽美術館前を通り吉城園の角を曲がる。登大寺町信号で奈良県庁を目の前に見る事になる。しばらくすると県庁東交差点だが大路なのに横断歩道がない。そのかわり地下通路がある。なだらかなスロープで具合が良い。その分距離は長くなるがお年を召した方には喜ばれると思う。興福寺方面へ出る。五重塔が森の向こうに見えるので目標を立てやすい。

興福寺は2010年に創建1300年を迎えるそうで境内の整備事業を行っている。国宝館から東金堂、五重塔まで歩く。時間の余裕が無くなったので入堂しない。カメラの電池も消耗を防ぐため撮影しない。惜しい事をしたが仕方がない。また今度と言う事で。再生事業は南大門(?)と中金堂のようだ。柱の基壇は出来上がりつつある。南円堂、三重塔を経て階段の下に猿沢池を望む。采女神社も近くになった所で露天商と警察官が押し問答をしている。お祭りなのだから穏やかにしようよ。采女神社は本当に小さい。そして池に向かって背を向けている。いわれは下記URL参照の事。

1700Yと合流。池のほとり貴賓席近くで上等な席を空けておいてくれてありがとう。神事は既に始まり三条通りを練り歩いている模様。席の確保があるからその場所まで動けないが主催者が密に状況をアナウンスしてくれる。例年にない混雑だったようで行列がなかなか進まないようだ。道を空けて欲しいと要請のアナウンスが続く。湖面に浮かんだ灯籠に明かりが灯る。何処かの半鐘がゴーンとなって烏が青鼠色の空の中一羽二羽と飛んで行く様は子供の頃どこでもあった思い出そのもので懐かしい。1830だいぶ暗くなった。雲間にぼんやりとしていた月も東の空にくっきりしと出した。まさに中秋の名月が目の前にある。カメラマンは南側に陣取って興福寺のライトアップされた五重塔を背景に管弦船を捉えようと待ち構えている。神事に続き記念式典が始まる。地元のお偉方や友好都市の祝辞が続く。お祭りのいわれは下記URLを参照の事。1900いよいよ湖面に浮かんだ二漕の龍と鶴の頭を持った管弦船にミス采女やミス奈良の美女そして白拍子姿の女性が乗り込む。帰りの時間を気にしはじめた僕はそこまで見て帰ろうとしたがYからまあ待ちなさいと引き止められ座り直す。船の回りに白煙が上がりあたかも雲の上を滑るようである。ドライアイスを投入したようだ。集音マイクの調子が悪いのか船に乗り込んだ演奏者の雅楽が時々途切れてしまい興ざめである。無線のせいかしら?例の陣取ったカメラマンの前でしばし停船。松明は小さいせいか順次取り替えるのだが着火が難しいらしく消えやしないかとハラハラさせられる。1915やがて目の前に二漕が滑るようにやって来る。奈良時代の衣裳も鮮やかに愛らしいミス采女。平安絵巻風衣裳でなくて良かったよ^^待っていて良かった。ありがとうY。

本来は池を二周するのだがここで僕はYと分かれ帰る事にする。周囲もざわつき人の移動が始まる。あの一周で終わりと勘違いしたお客が動き始めたのかも知れない。猿沢池から近鉄奈良までぴくりとも動かない人出で内心焦る。1924中谷堂の高速餅つきを人波にもまれながら見て1928近鉄奈良駅に着く。1930には間に合わず京都行き特急2000発2035到着にするが実は普通で行って大和西大寺で準急に乗るとさらに早く京都には到着できたようだ。時間ができたので土産物を求めるが大仏の鼻くそは見つけられず栗入りわらび餅にしてみた。京都駅ではさらにみそせんべいとやおきんのめっさうまい棒(たこ焼き味)を買う。2102京都発のぞみ268乗車2300新横浜駅着。近鉄と新幹線では自動的にビールおかわりが続く。2320東神奈川発2336横浜発横須賀線で2359帰宅する。帰宅して気が付いたが帽子が塩吹いていた。暑かったなあ。 
興福寺
采女神社
采女祭
郡山うぬめまつり
大変楽しい二日間でした。お世話になった皆さんありがとうございました。


posted 久多@麩羅画堂 : September 24, 2008 01:12 PM

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