January 25, 2005

覚え書き。

「私達はそれに似ている。大丈夫よ、私達は人間を苦しめない。静かに置き換わるだけですもの。免疫力亢進作用のあるメラトニンを分泌させながら生きながらえさせる。何故そんな事をしてまで私達が生き続けなくちゃならないのかは私にも分からない。分かるのは私がたった一日女になった後にあなたが別の人生を歩み始めると言う事だけだわ。」

「私を抱いたからと言って必ずしも私を手に入れたとは限らない。あなたの所有欲がただそう感じさせるだけ。今の私が明日も同じだと思う事はあなたの勝手だが、信じる事は無駄な事だとたった今私は断言できるわね。ひとつ言える事はあなたが私と出逢って私の肌をまさぐり肉体の隅々まで知り感じる部分を探し出せたとしてもそれはあなたの欲望が生み出した幻想なのよ。あなたがその中で快感を得られたとしてもそれは得た物ではなくあなたがあなた自身に与えた自己完結に過ぎず如何に甘美な物だとしても何もあなたに約束しないし拘束しない。でも、」
「あなたは束縛を得ようと考えた事はさっき私に行かないでくれと言った事で分かるわ。その言葉が私を拘束しようと儚い私に向かってつまりあなた自身に向かって発せられたシグナルなのよ。あなたは幻想の中でしか生きられない存在である自分を認めたくないのよ。だから夢を追い求める。夢に縋る。だけど、」
「それは間違っている。プラトンのパイドロスでソクラテスは私達の事をこう言っている。すなわち彼ら蝉達の種族はミューズが誕生しこの世に歌という物があらわれるや、楽しさに我を忘れ食べる事も飲む事さえ忘れてただ歌い続け自分でもそれと気が付く事なく死んで行った人間の末裔であり、この世に生を受けると、何一つ身を養う糧を必要とせず、生まれたすぐその時から死んで行くその日まで、食わず、飲まず、ただひたすら歌い続けそして死んでから後は、ミューズにこの世の誰がミューズを敬っているかを報告する存在であると。」
「あなたが私と出逢ったと言う事は、あなたには私が見えたと言う事で、あなたは私の報告の義務の対象となり得るのよ。だけどあなたはミューズなんか信じない。あなたはあなた以外の存在を今までもこれからも信じないもの。だってそうでしょう。あなたはあなたの中でしか生きられない。あなたはあなたが作り出した物にしか価値を認めないからよ。いいえ拒否なさるのは当然だわ。人間は全ての価値観を自分を基準に置きたがる。信じない存在を信じる事は軸を変える事になりかねないからその不安が先に立つのよ。あなたが他者を認めないのは振れる自分が怖いのよ。愚かな事だわ。」
「つまりこういう事よ。あなたが変わっても他人はあなたが変わった事に頓着しないのよ。あなたは社会に影響を与える事を怖れているけど、それは精々が夫婦の痴話喧嘩みたいな物なのよ。あなたが私とこうなったからと言ってあなたが変わったとしても奥様はあなたがお話しにならなければ何も知らずに幸せに生きて行ける。そんなレベルなのよ。」
「一夜蝉である私が本当はこんな事を言ってはいけないのだけど、もう手遅れかもしれないけれど、私と出逢った以上あなたが私の後継者として蝉にならなければならない宿命を背負ってしまった事だけは事実なの。私の唾液はあなたの喉の柔らかい細胞を浸潤して体内に取り込まれたもの。蝉は樹に卵を産みつける。卵から孵化した幼虫は土に戻り10年を経て蛹にならない不完全変態をして地上に現れる。そして殻を破り成虫となるのよ。」
「私達一夜蝉は人間に卵を産みつける。セミタケって知ってる?冬虫夏草の一種だけど蝉の口や呼吸する気門など柔らかい箇所からから侵入したコルジリア菌が発芽して、生きたままの蝉の幼虫の体を乗っ取り死ぬまで命をしゃぶりつくすのよ。体液の流れに沿って移動しながら脂肪組織や蛋白質を分解しながら体中を占拠するのよ。内蔵はすべてコルジリア菌に置き換わる。やがて成熟した菌はキチン、ケラチン等の硬蛋白を分解する酵素を出しながら体を突き破って成長するの。」
「私達はそれに似ている。大丈夫よ、私達は人間を苦しめない。静かに置き換わるだけですもの。免疫力亢進作用のあるメラトニンを分泌させながら生きながらえさせる。何故そんな事をしてまで私達が生き続けなくちゃならないのかは私にも分からない。分かるのは私がたった一日女になった後にあなたが別の人生を歩み始めると言う事だけだわ。」
「だけど、私はもうこんな事は終わりにしたい。私はあなたに取り込まれあなたの意識を奪いあなたに置き換わって再び誰かを私にする。もううんざりなのよ。だからと言って逃げたって得られる物はひとつもない。崩れ者として罰せられ永久に土の中に閉じ込められるかも知れないわね。いのよ。矛盾をあるがままに受け止めて欲しいのよ。あなたの意識が覚醒すればあなたは私と出逢った事を忘れる事ができる。蝉にならなくて済むのよ。いいえ私は自分の苦しみから逃れる為に言っている訳じゃないの。あなたを私の餌にしたくないだけなの。」


「分かった。だからこうしよう。僕は君とともに生きよう。だから君は生き続けなくちゃならないんだ。君の一生は僕の一生だ。君の一生を人間世界の一生にすれば良いんだよ。」
運命なんてないんだ。別の人生もあり得ないんだよ。
まもなく夜明けだ。
カーテンを引き破り二つの裸体を朝の光に預けた。


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January 24, 2005

記憶の記録の断片。

馬鹿だわよね。
自分が作った過去だもの、消すに消せぬと悔やむより、いっそ語って自虐に走った方がどんなに楽な事か。

女はそう言うと背中を向けた。
シーツから覗く白い体に二つの痕跡が見えた。
一夜蝉である私が本当はこんな事を言ってはいけないのだけど、もう手遅れかもしれないけれど、私と出逢った以上あなたが私の後継者として蝉にならなければならない宿命を背負ってしまった事だけは事実なの。
私の唾液はあなたの喉の柔らかい細胞を浸潤してすでに体内に取り込まれたもの。
蝉は樹に卵を産みつける。
卵から孵化した幼虫は土に戻り10年を経て蛹にならない不完全変態をして地上に現れる。
そして殻を破り成虫となるのよ。


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January 15, 2005

人物設定。

創作って小生にとって樽の中で発酵し時々撹拌しては酸素を加え熟成させる漬け物みたいなものである。cicada'sもそう。手がうまく機能しないので作画が進まない某をひとまず休ませているが、それを救ったのが蝉。ある日ポスターを見て、その中の英単語cicada'sの韻に引き金が隠されていた。一晩掛けて蝉の羽化を観察した事や、烏に補食される蝉。冬虫夏草。蝉のテリトリーや飛行距離は調べていないが、写真の壁に激突し絶命した蝉を撮影の為に採取した場所から遥かに離れた事務所に運び撮影後近くの土に帰したが、生まれた土から無理矢理引き離された蝉がどう思うか等素材が次々と樽に漬け込まれる。特に今回もそうだが羽化したての蝉は美しい。翡翠の薄衣を纏った美女の設定はすぐ出来た。相手の野郎も妻との生活に疲れ自分を見失いつつある男とした。


posted 久多@麩羅画堂 : 11:18 AM | comments (0) | trackbacks

July 20, 2004

cicada's[蝉]

天空が霞を纏う夏の朝の事だった。
こんな日は暑くなる。
僕はこの日に新しいクライアントへプレゼンテーションを行う予定になっていた。
本来なら体中のアドレナリンが体液の流れに沿って充満し、顧客の欲望を察知し満足を与える為に、
能弁にしかし寡黙に誠実に務めを果たすアドマンの甲殻を形成する筈だった。
しかし揃えたデータに何の意味があるというのだ。これらの残骸から導きだされた未来に何の確証があるというのだ。
しかもこれから逢うべきクライアントのトップは叩き上げの人物だ。
担当者とその上司共の捏造、歪曲、嘘、諸々を覆す怖れは経験値に織込み済みだが、
夜半から街灯の光に勘違いした蝉がうるさく鳴き散らし僕の神経を緊張から遠ざけていた。


posted 久多@麩羅画堂 : 09:54 AM | comments (0) | trackbacks

July 10, 2004

cicada's[蝉]

cicada's[蝉]

その日の朝、僕は淡い翡翠色の衣を纏った女に出逢った。
百年恋して女になれるのはたった一日。
言葉に導かれるままに身を委ねれば、
僕に茜色に染まる翌朝が訪れるはずはなかった。


posted 久多@麩羅画堂 : 11:17 AM | comments (0) | trackbacks

July 09, 2004

cicada's[蝉]

100年恋して女になれるのはたった1日。あなたはどんどん変わるのに私は変われない。この苛立や苦しみをあなたは理解できるの?
先日、何気なく見た車内吊りのJR東日本のポスターに芭蕉の一句、「閑さや岩にしみ入蝉の声」を英訳で表現した東北観光がある。山寺や石にしみつく蝉の聲>さびしさや岩にしみ込む蝉の聲>閑さや岩にしみ入蝉の声と変貌した句であるが、小生はその中の蝉の英単語CICADA'Sに強く惹かれたのだ。シケイダズ、ケにアクセントを置いた何と言う語感。幾度も頭の中で反芻するうちに、「100年恋して女になれるのはたった1日。」の台詞が生まれたのだ。強い願望がありながら身動きできぬ運命を背負い、達成したかに見えた時に別れの時間は迫っていた。その責任を恋人に転嫁しようとした考えた女の思考に悲劇が生まれた。成就するには・・・ふーむ「娘道成寺」みたいだなあ。釣鐘の替わりにぱかっと割れる背中、大蛇の舌の替わりに命を吸い取る口吻。さらに不完全変態。しかしメスは鳴かないんだよね。蝉のお化けと言えばウルトラマンのバルタン星人か、うーん、ちょっと考える事にしよう。


posted 久多@麩羅画堂 : 04:44 PM | comments (7) | trackbacks

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